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大阪高等裁判所 昭和47年(く)42号 決定 1972年7月17日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告申立の理由は、抗告申立人作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに、付審判請求手続は裁判所による捜査の性格を有するものであるところ、大阪地方裁判所第一〇刑事部の定めた審理方式は、捜査の基本原則である捜査の秘密の原則に反するものであつて、多数の請求人に捜査記録の全部を閲覧、謄写させ、請求人側申請の証拠の取調には請求人及び書記役としての事務局員のみを関与させることによつて、被疑者及び第三者の名誉、人権を侵害し、審理の公正を損う等不当な結果を招くものであるから、違法なものであり、かような審理方式により本件付審判請求事件の審理を行なおうとすること自体、不公平な裁判をする虞があるときに該当するにも拘らず、抗告申立人の忌避申立を棄却した原決定は、刑事訴訟法二一条一項の解釈を誤まり、憲法三一条、三二条および七六条に違背する違法がある、というのである。

まず、本件忌避申立に至る経過についてみるに、一件記録によれば、次の事実が認められる。すなわち、青木英五郎ら一七名、串部宏之ら三二名、武藤一羊ら二四名、高井明美ら一九名、以上九二名からそれぞれの書面をもつて大阪地方検察庁検察官に対し、荒木幸男、赤松昭雄、杉山時史、その他氏名不詳の警察官数名を被疑者として、同人らに特別公務員暴行陵虐致死の容疑ありとして告発したのに対し、同検察庁検察官は昭和四六年九月七日右被疑者をいずれも嫌疑不十分として不起訴処分に付した。これに対し、告発人である樺島正法は同月八日、松本健男ら告発人四一名及び長田夏樹ら非告発人一〇名は同月一四日、菊池光造ら告発人一二名は同月一六日いずれも右不起訴処分を不服として事件を裁判所の審判に付することを請求する旨の大阪地方裁判所宛ての書面を同検察庁検察官に差し出して請求したところ、検察官は同月一〇日及び二〇日に右各請求中非告発人からの請求にかかるものを不適法とし、その他の請求はいずれも理由がないとの意見を付して、大阪地方裁判所に事件を送付し、同地方裁判所第一〇刑事部の裁判長裁判官児島武雄ほか二名の裁判官がこれを担当することとなつた。請求人松本健男、佐伯千仭ら一八名は同年一二月三日本件付審判請求事件の審理方式について「公開の法廷において請求人と検察官を対立当事者として関与せしめ、不起訴処分の当否をめぐつて攻撃防禦を展開せしめる方式によるべきであつて、またその必要上一切の記録や証拠は請求人に開示せらるべきこと」を主要な内容とする上申書を提出し、同裁判所は、翌四七年一月二二日、請求人側に対し、公開しないこと等の条件を付して捜査記録の閲覧、謄写を許可するとともに、請求人の審理立会は許可するが一般公開はしない、代表請求人は常時審理に立会し、他の請求人の立会は自由とする旨の審理方式を示し、請求人樺島正法、同松本健男は同年一月二六日から同年三月三一日までに本件捜査記録全部を閲覧、謄写し、謄写記録四部は弁護士である請求人佐伯千仭、青木英五郎、樺島正法、崎間昌一郎において各一部ずつ保管した。他方、被疑者荒木幸男、同赤松昭雄、同杉山時史は、いずれも弁護人として同年三月一四日弁護士大槻龍馬、同年四月一九日弁護士重宗次郎を選任し、大槻弁護人らにおいて裁判所と接衝の結果、裁判所は同年四月四日、請求人側に対し付したと同様の条件のもとに、被疑者側弁護人に対し捜査記録の閲覧、謄写を許可した。そして、同年五月一一日頃までに同裁判所が請求人及び被疑者の弁護人に示した審理方式の大要は別紙のとおりである。請求人六四名のうち五四名は同年五月二日弁護士樺島正法、同松本健男及び同佐伯千仭を代表請求人に選任し、右代表請求人は同日請求人らの事務局員として坪川博光、宮本敏幸を選任するとともに、同日、裁判所に対し、現場検証、警察側保管のフイルム、ビデオテープの展示閲覧、証人として本件被疑事件の被害者の受傷、病状につき警察職員二名、医師一名、右被害者の解剖所見、死因、受傷状況につき大学教授一名を申請し、同裁判所は同月六日右証人四名全部を採用して尋問する旨決定するとともに、同月九日大阪地方検察庁に対し右申請にかかるフイルム、ビデオテープの提出を命じ、同月一一日右物件の提出があり領置した。被疑者三名の弁護人重宗次郎は同月二三日、裁判所の示した審理方式が違法であることを理由に、この審理方式に従つて審理しようとする裁判長裁判官児島武雄、裁判官山中紀行、同河上元康の三裁判官を忌避するに至つたことを認めることができる。そして、原決定後、非告発人で本件付審判請求をしていた長田夏樹ら一〇名がいずれも審判請求を取り下げるに至つたことは一件記録に徴し認められるから、本件付審判請求において不適法な請求人がいなくなつたことが明らかである。

そこで、所論の当否について案ずるに、元来、付審判請求制度は、刑事訴訟法二六二条にかけるいわゆる捜査官の人権蹂躙事件については、起訴、不起訴を決定する検察官自身も捜査官でもあるところから、該捜査官に同情し、その犯罪の嫌疑の有無、起訴の相当性(刑事訴訟法二四八条参照)についての判断に適正を欠いて不起訴処分に付するおそれがあり、ために公正な公訴権の運営を期待することが困難な場合のあるところから、これらの事件についてはその弊害を防止するため、検察官の起訴独占主義の例外として、特に合議体の裁判所、による独自の見地からの調査により起訴と同様の手続がとりうるよう、設けられた制度である。すなわち、右制度によれば、前記特定の犯罪について告訴告発をした者は、検察官の不起訴処分に不服であることを理由として、その告訴または告発にかかる事件を裁判所の審判に付すべき旨の裁判を請求し、裁判所は合議体をもつてその審理裁判に当ることを要し、その審理に当つては、検察官から刑事訴訟規則一七一条により送付を受けた書類及び証拠物を検討するほか、必要があるときは、請求人、被疑者らから申出のあつた証拠(職権の発動を促がす意味のもの)もしくは自ら必要と認める証拠について事実の取調をしたうえ、裁判所の審判に付するに足るべき犯罪の嫌疑の有無及び相当性ひいては不起訴処分の当否を判断し、請求が理由のないと認めるとき、すなわち不起訴処分が相当であるときは請求を棄却し、請求が理由ありと認めるとき、すなわち不起訴処分が不当であるときは付審判の決定をし、右決定があつたときは公訴の提起があつたものとみなされるのである。以上の点からしてみると、付審判請求手続は結果的には検察官の不起訴処分の当否に対する審査判断であることにはなるが、その審理は、異質的には検察官の捜査に引続いてなされる裁判所による捜査の性格を有するものといわざるを得ず(わが付審判制度の母法であるドイツ刑事訴訟法一七三条三項参照)請求人と不起訴処分をした検察官とを対立当事者となし、その双方を手続に関与させ、公開の法廷において互いに主張及び立証を尽させるような本来の訴訟手続ではないのである。右のような付審判請求手続の性格からすると、付審判請求手続においては、その手続を公開すべきでないことは勿論、対立当事者的訴訟構造の存在を前提とする証人等の尋問に際して立会権、質問権、訴訟に関する書類及び証拠物について公訴提起後の閲覧、謄写権等についての刑事訴訟法の諸規定の適用ないし準用はなく、付審判請求事件について検察官から送付された記録及び証拠物並びに付審判請求手続で作成された書類及び証拠物についての請求人及び被疑者の弁護人の閲覧、謄写権もないものと解するのが相当であり、これら関係者に記録の閲覧、謄写、立会をさせることなく非公開で審理を進めるのが本来の立前である。もつとも、裁判所が付審判請求事件を審理するに当つて、必要と認めるときは請求人及び被疑者の弁護人に対し、事前に捜査記録を閲覧、謄写すること、並びに審理に関する記録を事後に閲覧、謄写することを許すことは、裁判所の自由裁量として別段禁ぜられるものではなく、また刑事訴訟規則三三条四項の規定の趣旨からして裁判所の行なう事実取調に当つて、必要と認めるときは請求人、被疑者または弁護人をこれに立会わせ質問させることは裁判所の自由裁量として許されるものと解されるが、しかし、記録の閲覧、謄写を無条件に許すときは、それが公開されることによつて記録中の供述者である第三者及び被疑者の名誉、人権を侵害するおそれがあるから、裁判所が右の許可をするに当つては、かようなことのないような措置をとらなければならないものと解すべきであり、また裁判所の事実取調に立会つて質問を許すにしても、その立会が証人らを圧迫して迎合的証言をさせることのないような限度において許すべきものと解する。以上の見地から本件審理方式についてみると、先づ請求人は元来本件の告発人として、多少の差はあつても、事件の内容を知つているものと考えられるから、請求人全員(無資格の請求人は既に請求を取下げたことは前記のとおりである)が謄写記録の閲覧あるいは請求人側申請の証人調の立会等により事件の内容を知つたからといつて、新たに被疑者の名誉、人権を侵害するとは考えられないし、また記録の閲覧、謄写の点については、請求人及び被疑者の弁護人の双方に対しひとしく、一般公開は勿論、他の目的のために絶対にしない、記録を謄写した場合はその部数と酬写記録の保管者を裁判所に明示すること等の厳格な条件を付してこれを許しており、現実に請求人側では、弁護士である代表請求人二名において記録を閲覧、謄写し、謄写記録四部はいずれも弁護士である代表請求人二名と他の請求人二名において各一部ずつ保管し、事実上弁護士である請求人以外の請求人が不用意にこれを外部に洩らして被疑者及び第三者の名誉、人権を侵害することのないよう配慮されていることからすると、右の措置をもつて自由裁量の範囲を逸脱した違法、不当なものとはいいがたい。また、請求人及び被疑者の弁護人が裁判所の職権の発動を促す意味で証拠の申請をすることは、付審判請求手続においても当然許されるところであるから、本件審理方式において裁判所がかかる方式をとつたことには何ら違法、不当のかどはない。また、裁判所の行なう事実取調に当つての立会及び質問の点については、本件審理方式においては、請求人側及び被疑者側申請の証拠を取り調べる際にはその申請をした側の請求人または弁護人のみの立会及び質問が許されることとしているが、これは、証拠の申請をした側の者がその証拠調に立ち会つて証人等に質問をするならば、裁判所の質問と相まつてその証人をして供述を尽させ得るものとの考えのもとにかかる措置がとられたのではないかと理解され、所論の如く一方の側からの証人等に対する糾問権を認めたものではないから、裁判所の自由裁量として一応是認されるところである。しかしながら、請求人中弁護士(二四名)についてはその職務上知り得た秘密を漏洩してはないとの法律上の義務が課せられているけれども、弁護士に非ざる請求人(三〇名)に関してはこのような法律上の義務はないのであるから、これらの者が謄写記録の閲覧あるいは証人調の立会などにより得た知識を第三者に漏洩する危険は考えられるし、また証人調に立会を認められた請求人に非ざる事務局員二名についても同様であつて、これらの点については被疑者の名誉保持の見地から厳重に注意を要するところであり、本件審理方式では請求人はすべて何時でも請求人側の証拠調に立会うことができるものとされているから、代表請求人三名以外の、適法を請求をした請求人が五一名にも及ぶ本件にあつては、かかる多数の請求人が立ち会つたうえでなされた証人等の証拠調は異常な雰囲気、圧迫感の下で迎合的な供述がなされる場合もあり得ると考えられ(もつともこの点は、将来仮に本件が裁判所の審判に付された場合において、その調書の証拠能力、証拠価値の問題として処理すれば足りると解すべきであろう)、これらの諸点において本件審理方式はやや行き過ぎと認められる点もあるが、違法な方法とまではいいがたい。(なお、告発人に非ざる請求人の不適法な請求を棄却することなく、その示した審理方式においてかかる請求人にも同様な権限を認めんとした裁判所の処置は、新たな第三者に、被疑者の名誉を毀損するかも知れない事実を知らせることになるので、刑事訴訟法一九六条の趣旨にも反するものと謂わざるを得ないが、これらの請求人は既に請求を取下げているので、そのような虞はなくなつたものと認むべきである。)

以上の如く、本件審理方式についてはやや行き過ぎとみられる措置のあることは認められるが、違法というべきほどのものではなく、また当初被疑者の弁護人が選任されていなかつた段階で請求人側一方のための審理方式が示されていた経過はあるが、被疑者の弁護人が選任されたのちの本件審理方式においては、請求人側と被疑者の弁護人側とにほぼ等しい措置がとられており、その審理方式自体からは直ちに前記裁判官らに本件付審判請求事件につき不公平な裁判をする虞があるとは認めがたく、その他記録を精査しても同裁判官らに裁判の公正を疑わせる事情も認められない。

原決定はその理由において当裁判所とやや異なるところはあるが、結局においては裁判官に不公平な裁判をする虞があるとはいえないとして忌避申立を棄却した判断には所論のような法令の解釈の誤はなく、正当であるから、本件抗告は理由がない。

よつて刑事訴訟法四二六条一項後段により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(田中勇雄 尾鼻輝次 小河巌)

別紙略

即時抗告申立書

右被疑者三名に対する特別公務員暴行陵虐致死付審判請求事件(大阪地方裁判所昭和四六年(つ)第一号、第二号)について右各被疑者弁護人がなした右事件担当の裁判官児島武雄、同山中紀行、同河上元康に対する各忌避申立に対し、昭和四七年六月五日大阪地方裁判所第三刑事部から同忌避申立をいずれも却下する旨の決定を受けましたので、これに対し刑事訴訟法第二五条に基づき即時抗告の申立をする。

申立の理由

一、原決定は、忌避の制度につき「特定の具体的事件に関しその審理を担当する特定の裁判官につき、除斥原因またはこれに準ずるような客観的事情が存在し、これによつてその裁判官が不公平な裁判をする虞があると客観的に推認しうる場合に、当事者からの申立に基いてその裁判官をその事件の職務の執行から排除し、もつて裁判の公正を確保しようとする制度である。」旨の判断をなしているが、同判断のごとく忌避理由を「除斥原因またはこれに準ずるような客観的事情」と限定的に解することは、忌避制度の設けられている趣旨を正しく理解せず、刑事訴訟法第二一条第一項の規定の解釈を誤つた違法なものと言わなければならない。

そもそも、忌避制度が認められているのは、裁判の公正を担保するための制度である除斥制度だけでは不十分なところから、裁判官につき公正を妨げるような事情があるときは、当事者の申立によつてその裁判官の職務執行を排除し、もつて裁判の公正の担保を確実になさんがためである。それゆえ、忌避理由たる刑訴法第二一条第一項後段の「不公平な裁判をする虞があるとき」とは、除斥原因に準ずるような客観的事情のみならず、通常人が判断して、裁判官と事件との関係からみて、偏頗、不公平な裁判がなされるであろうとの懸念を当事者におこさせるに足る客観的事情が存在すれば足りると解するのが妥当である。このことは、刑訴法第二一条第一項の規定の文言からも明らかであり、また学説においても「忌避の原因としては、二つのものが認められている。第一は除斥理由のあることであり、第二は不公平な裁判をする虞があることである(二一Ⅰ)。後者は非類型的であつて、忌避の制度としてはこれが本来のものである」(高田卓爾著「刑事訴訟法」五一頁、青林書院新社)また「除斥の原因が類型的であるのに対して忌避の原因は非類型的であり、除斥の制度を補充する意味をもつものである。」(団藤重光「新訴訟法綱要」七一頁、創文社)とそれぞれ説いていることからしても首肯し得るのである。

原決定のごとく忌避理由を限定的に解することは、前記の忌避制度の目的である裁判の公正の担保換言すれば何人も公正な裁判を受け得るとする憲法上保障された権利を侵害することになるものと言わなければならない。

二、また、原決定は、「裁判官の行為が違法であるような場合においてさえ、当該行為がその裁判官において予断偏見をもつて一方的に偏頗な裁判を行おうとする意図があることによるものと推認する客観的合理的根拠となりうる特別な場合でない限り忌避申立の理由とならないのであつて、これを要するに、裁判官の行為が違法もしくは不当であるというだけではその裁判官に不公平な裁判をする虞があるとすることはできないのである。」と判断しているが、同判断は裁判における「公平」の解釈を誤まつているものと言わなければならない。

一般に裁判の目的とは、現存する法秩序の実現、維持を図ることにあると説かれているが、この目的を達成するためには、当然裁判が正当なもの換言すれば裁判自体が、当事者およびその背後にある社会一般において承認、受容されるものでなければならず、この正当性を支える原理として「公平」が要求されていると解されている。そうだとすれば、裁判における「公平」も、事柄自体の内在的、本質的な公平というよりも、むしろ公平の外観とこれに対する一般的信頼や受けとり方という観点からその意味を理解すべきである。通常、裁判における公平の原理の内容として、裁判官の無偏頗性とその決定の手続、過程の公明さの二つの要素が要請されているのも、右に謂う観点に基づくものと思われる。したがつて、裁判において当事者のみならず一般人において偏頗な判断がなされるであろうとの懸念を招くような客観的な審理手続等における違法もしくは不当なものがあり、これを敢行しようとするのであれば、同裁判には「公平」を期待できない虞があるすなわち不公平な裁判をする虞があるものと言わなければならない。原決定判断のごとく「公平」であるか否かを論ずるに当り、裁判官の主観的意図を強く要求することは、予断、偏見といつたものが多くの場合判断者たる裁判官自身には自覚されていないことからして、許されないものと言わなければならない。

ところで、本件合議部裁判官が示した審理方式(ちなみに原決定添付別紙の審理方式のうち、五の代表人請求制度を三名としその三名を具体的に特定しているが、これが決められたのは遅くとも昭和四七年四月四日である。このことは本件各被疑者あての弁護人大槻弁護士の書面によつて明らかである。この点からも本件合議部がいかに請求人側の意見を一方的に取入れているか窺えるのであり、予断、偏見があると推測し得るのである)が違法なものであり、この違法な審理方式によつてなされる審理が不公平な裁判をもたらす虞があることは、夙に忌避申立書の理由に詳述したところであるが、更に付言するに、申立人が違法であると強調する審理方式により本件合議部が審理されようとすることは、手続の基本、根幹における違法である。これを具体的にいえば、公判手続において裁判官の個々の訴訟指揮あるいは証拠決定における違法不当は多くの場合忌避事由としての不公平な裁判をする虞に当らないであろうが、公判手続の基本、根本に関する事柄についての違法があれば、例えば起訴状一本主義に全く反する審理が行われたり、あるいは当事者の訴訟関与を無視した糾問主義的審理が行われたりすれば、そのこと自体によつて不公平な裁判をする虞に該当し、当該裁判官に対し忌避理由ありと認められなければならない。これと同様、本件合議部の審理方式はそれらに匹敵する基本的な手続の違法なのであつて、忌避理由に充分値するものというべきである。

また、付審判請求事件は公訴の提起の前の段階のいわゆる捜査の性格をもつ手続であつて、最終的に事実の黒白をつける公判手続ではなく、起訴の適否を判断する手続にすぎないのである。このような手続構造の付審判請求事件において、被疑者、関係第三者の名誉人権を害してまで捜査記録を閲覧謄写せしめ、公判手続においてなされることを先取りするがごとき証拠の申請を認め、しかもその上関係人の取調べにつき一告発人にすぎない請求人側の一方的な立会質問に委ねるがごとき法的根拠が一体どこにあるのであろうか。元来付審判請求事件の審理においては裁判所の尋問による事実取調べが予想されているのである。請求人にこのような糾問権を認めることは、いわばいわゆる人民裁判的審理手続を採るにひとしく、このような方法で判断資料を得なければならない必要性はどこにあるのであろうか。ことに、被疑者の取調べに当つては、被疑者側の弁護人、その他の警察関係者の立会いを拒否した上で、請求人には立会いはもちろんのこと、「主尋問権」も与え、かつ、請求人側には、請求人の資格すらない「告発を推進する会」事務局員二名を裁判所職員たる書記官の代替として審理立会を認めるという審理方式を採用していることは、付審判請求事件の取調の権限ならびにその記録を作成する権限を、裁判所(本件合議部裁判官)自らが放棄して、これをみだりに、単なる請求人に委託することである。このことは裁判の基本に関する重大な憲法違反であると同時に、被疑者の名誉、人権等に図り知れない不利益を与えるものである。かような人民裁判的、被疑者にとつては正しく暗黒裁判的な審理方式が、許されるべき根拠、必要性はどこにもないものと言わなければならない。また、そのようにして果して公正な資料が得られると考えられるのであろうか。かかる審理方式でもつて本付審判請求事件を審理することはまさしく憲法第三一条、第三二条さらには第七六条に反するものであり、これを行おうとする本件合議部裁判官には、その主観的意図はともかく、客観的にみて不公平な裁判をする虞が存するものといわねばならない。

右被疑者三名弁護人

弁護士 重宗次郎

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